珍しい三人の寝顔を見回して、彼女はしばし考えた。
起こしても、彼らは別に怒りはしないだろう。少し眠そうな顔をしながら起き上がり、他愛もないお喋りを楽しむことも出来るだろう。
だが、それは今に限った機会ではない。
一つ頷いて、彼女は決めた。三人が自分から起きるまで観察している、もとい待っていよう。
音も立てないように慎重に腰を下ろしながら、彼女はふと考えた。
彼らは今、どんな夢を見ているのだろう。

大の字になって眠っているライカの右脚はさりげなく隣のオタジを蹴り飛ばしていた。

窓から外を見上げると、良く晴れた青空にのんびりと白い雲が浮かんでいる。
彼の座る窓際の列、後ろから二番目の席はストーブの温度が効果を持たない代りに、陽当たりが良いので今日のように天気の良い日はポカポカと気持ち良く、特に昼休み、つまり昼食の直後の腹一杯の状態では、眠くなるなと言う方が無理だろう。

午前中の授業に比べると非常に静かな教室内を見回すと、大半の生徒が机に突っ伏すなりこっくるこっくりと舟を漕ぐなり、睡魔に意識を手渡していた。

教壇で授業をすすめている初老の古典教師は、とっくに諦めているのか、それとも単に気にしていないだけなのか、全く注意しようともせず読経のように平坦かつ単調な声音で徒然草を読み上げており、時折カツカツと硬い板書の音が響くと幾人かの生徒が慌てたように顔を上げるが、写し終わるとまたカクンとうつむいてしまう。

彼の席から見て、二つ前に座っている友人はご多分にもれず机に顔を埋めており、黒い学生服のに包まれた背中と肩は呼吸に合わせて規則正しく上下に動いている。どうやら完全に眠り込んでいるらしい。

少し首を巡らせてもう一人の友人の方を見てみると、前から三番目に座っている後ろ姿は対極的で、姿勢よく背筋を伸ばしてしっかりと前を向いている。

後であいつにノート写させてもらうか。
至極学生らしからぬ結論達すると、彼は周囲に倣って曲げた両腕に頭を乗せ、目蓋を下ろす。
やがて聞こえてきた健康優良児の寝息は、授業終了を告げるチャイムが鳴り渡り、教師が退室した後も止む気配を見せず、両腕に教科書を抱え近寄ってきた友人たちは「またか」と苦笑した。




「・・・おーい、ライカ、起きろってば。・・・ったく、駄目だめだこりゃ。熟睡してやがる」

「次、移動教室だぞ。置いてくか?」

「さすがにそれは・・・そーだ、お前油性ペン持ってねーか?」

「持ってる事は持ってるけど。残念ながら細ペンしかないな」

「・・・いや、極太貸してくれとは俺も言う気ねーけどよ。さんきゅ、これでもう一組目ン玉書いてだな」

「・・・何やってンだ?お前」

「うわあっ!?びびびびっくりしたー。何だ、起きてたのかよ」

「あんだけ耳元で漫才繰りひろげらりゃ誰だって起きるわ。あ、そーいやウツキさ、ノート貸してくんねー?さっきの古典」

「あ、俺も俺も」

「・・・お前らな、こーゆーときだけ団結するなよ・・・まあ、良いけどさ、はい」

「「・・・・・・・・・・・」」

「なんだ、その沈黙は」

「これ、何語だよ?」

「日本語」

「嘘だ、ぜってーに嘘だっ!!どう見たってアラビア文字かイトミミズのフラダンスだろ?!」

「失礼なやつらだなあ。確かに半分意識飛んでたから、自動書記状態で書いててちょっと解読が難しいけど」

「・・・頼む、翻訳してから貸してくれ」


キーンコーンカーンコーン


「あ、チャイム鳴っちゃったよ」

「やべ、遅刻したらまた嫌味言われるぞ」

「だー、お前が寝こけてるからだろーが」

「人のせいにすんなよ、オタジだって寝こけてただろうーが。後ろから丸見えだったぜ?大体あのペンで何しよーとしてたんだ?」

「う、そ、それは・・・」

「・・・二人ともー、置いてくぞー」

「ちょ、ちょっと待てよっっ」


バタ
バタパタパタ