2011年06月02日 03:20

人としての良き良心と、倫理・道徳・常識ある政治を望みますが絶無ですね。(改良版)


☆ 永田町の政争 被災者はため息

 東日本大震災からの復興の道筋も見えない中で、自民、公明、たちあがれ日本の3党が内閣不信任決議案を提出した。震災発生からまだ3カ月足らず。大津波や福島第1原発事故に見舞われ、避難生活を強いられている人たちからは、怒りとあきらめの声があがった。「私たちの暮らしに目を向けてほしい」。政争に明け暮れる永田町に、被災者の思いは届かないのか。

 「そんなことをしている場合なのか」。岩手県陸前高田市立米崎小学校で避難生活を送る藤丸秀子さん(62)はため息をついた。震災で勤め先の会社が被災して失業し、自宅も全壊した。現在は心臓病を患う夫(64)と認知症の母(84)の3人で暮らし、仮設住宅への入居を待ちわびる。「被災者の暮らしに目を向けてほしい。仮設住宅を出た後の住居が心配。首相が代わっても将来像が描けるとは思えない」と話した。

 同じ陸前高田市の市立第一中学校で避難生活を送る同市高田町の無職、藤村邦夫さん(69)は「野党なんだから内閣不信任案を提出するのは勝手だが、何がしたいのか分からない。どこまで足の引っ張り合いをするのか。これから何が変わるのかもぴんとこない。今は大変な時期だから、与野党関係なく一緒になって頑張ってほしい」と話した。

 宮城県の被災者からも、疑問の声があがる。仙台市若林区の荒浜地区から若林体育館に避難している農業、安達嘉博さん(77)は「政争によって、被災者支援や復興に向けた政策の策定が進まなくなる。津波で家を流され、塩害で農業もできなくなった。震災前のように暮らせるよう政府に期待したいのに、またごたごたが始まるのか」とうんざりした表情で話した。

 宮城県山元町の山下中の避難所に同町山寺から避難中の農業、岩佐としみさん(71)は「力を合わせて震災対策をやるべき時に政治家同士で何をやっているのだろう。家族を失い、財産を失った人たちがいまだにこうやって避難所にいる。政治家は私たちの話をほとんど聞きにも来ない。私たち被災者の気持ちは何も分かっていない」と話した。

 原発事故の影響にさらされる福島県。福島市のあづま総合体育館に、警戒区域に指定された南相馬市小高区から避難している無職、佐藤節子さん(75)は「首相なんて誰がやっても一緒。政治家同士で足の引っ張り合いをしないでほしい」と突き放すように語った。「私の希望は原発事故が収まって、一日も早く自宅に帰ること。それが実現するように、協力し合ってもらいたい」

 会津坂下町の旅館に葛尾村の警戒区域から避難している畜産業、松本英正さん(69)は、和牛9頭を飼って暮らしていた。何十年もかけて改良を重ね、ようやく軌道に乗り始めたところで震災と原発事故に遭ったといい「今の政権は頼りないが、誰がやっても同じではないか。あんな騒ぎして、復興のためになるのか。われわれのことを考えてやっていることなのか」と語気を強めた。

※ 意見

以下の日記で、少し触れているが、日本政府は当然とし、多くの個人・団体が、
東日本大震災の発生を、数年前から把握していた。

☆ 核ミサイルが不要の核戦争・福島がウイグルとなる日・アメリカ合衆国による人工地震

厳密には、今年の4月から7月に、東北地方で大地震が発生し、数千人が犠牲になると確信していた。

しかし、予定を遥かに超えた状況へと、事態が発展した。

そう、地震の規模が確信を超えるレベルとなり、原子力発電所が大破局を迎えたのだ。

昨年の段階では、地震の専門家も合わせ、予定通りの地震が発生しても、原子力発電所は問題が無いとの見方だった。

それでも、己が築いてきた『安全神話』に、騙された部分があっただろう。

何より、東日本大震災を軽視していた事は、非常に救い難い事である。

私は、地震の発生を軽視していた、罪深い人間の一人である。




日本政府は、数千人程度の軽微な犠牲と捉え、大きな対策をせず、注意喚起に留意する方針だった。

だが、予定を超える地震が発生したため、その次元での想定を裏切らず、福島第一原発は無残な瓦礫と化した。

これは、御粗末すぎる末路である。

地震・津波による死者の数が増加を続け、福島第一原発が破滅を辿る中、大手のメディアが東日本大震災の発生を、
日本政府は勿論、専門家が把握しており、四月に各自治体に、注意を通達する予定だったと報じた。

それは、こうなる事を見過ごしていたわけではない事を、大衆にアピールするためだった。

しかし、想定しておいての体たらくに対する責めが、大きすぎると判明し、それを即座に引っ込めたのだ。

あまつさえ、大衆からの最大級の責めを相殺するため、政府に従属する友人は勿論、目くらましを生業とする連中に、
地震を想定していた事実は当然とし、自然災害である事すら有耶無耶になるよう、滑稽な情報の流布を実施させた。

そのため、人工地震説は絶対とし、地震を想定していなかったかのような認識の流布に、我々は流されてはいけない。

さすれば、他者の死を踏みにじる、悪漢と同類となるからだ。




国会は、次の大災害の発生を恐れ、時間稼ぎに努めている。

特定の政治家に到っては、さらなる有事に備え、
己の受け入れ先となる、第三国とのパイプラインの確保に必死な状態だ。

何より、無能な集団が、極限の無能を演じる事で、確固たるアリバイの形成に尽力している。

要は、事故対応能力の完全欠如は最初からだが、危機管理能力が微塵も無く、
成す術がなかった事を印象付ける事で、今後における責めを緩和するのである。

実際、与党・野党にとって、総理の交代はどうでもいい事だ。

総理自身は、留まりたい旨を強調しているが、その状態で引きづり降ろされる事を渇望している。

また、微細な責任すら逃れるため、造反を演じる政治家がいる。

さらに、大衆をどのように翻弄するか、知略を張り巡らす者すら存在する。

結局、国会は滑稽なパフォーマンス集団でしかない。

大半が、道化の偽政者である以上、そう捉える事が適宜である。




我々が、耳を貸してならぬのは、イレギュラーを十分に考慮せず、
していても酷く有限的であり、包括的な次元に達していない連中の言葉だ。

多くの場合、特定の分野に精通していれば、大概が偏見の塊となる。

それは、己の知っている事しか認めぬからだ。

だったら、幅広く浅く情報を精査し、事態を見つめられる人材の方がまだマシだ。

最も有効な人材は、幅広く深く検証可能な、ゼネラリストである。

中でも、人としての良心に基づく、倫理・道徳・常識を根底に、冷静な判断を下し、聡明に行動する者が最良だ。

その、懸命な考察が齎す、賢明な決断こそが、我々には必要なのだ。

それが唯一、真実・事実・現実・本質・実質に極限まで準じた、より良き道を切り開く導となる。




一連において登場した、放射線・原子炉の専門家は、偏った知識で暴走するだけの、超絶絶頂の偏見の塊だった。

政治家は、極限極端に狭く浅く物事を見つめ、道義的判断を過誤し続けている。

連中は、自己都合で判断を下し、その物差しが異常に短かったため事態を測れず、大衆を混乱へと陥れた。

臨界突破に残念な事は、政治家は誰一人として、総合要因を前提とした包括的な注意を、我々に促す事は無かった。

また、可能な限り前提条件を限定した、捏造とも言える安全・安心のバラ撒きを放置した。

さらに、その立場を利用すれば、大衆に容易に実行出来た、無数に存在するアプローチを、完全に放棄したのだ。




本物の政治家は何処にいる?

少なくとも、合法独裁集団である国会には、微々たる人数だろう。

そもそも、そこら辺にいる、オジサン・オバサン・ジイサン・バアサンの寄せ集めである政治家と、
似たようなニイチャン・ネエチャン・オジサン・オバサン・ジイサン・バアサンによる官僚が、戯れている状態だ。

それが、果てなく劣化を続けている。

それでは、潮流は変えられない。

何より、最大の問題から目を反らし、部分的な問題の解決に従事するなら、それは最初から茶番である。

本質的茶番しか演じれぬのなら、全ては劣化の一途を辿るのみだ。

それは、適宜ではない。



政治家が、見殺しを良策とし、つまらぬ政治活動にふけり、東日本大震災が発生し、福島第一原発で人身事故が発生した。

そして、多くの人々の、かけがえのない命が奪われた。

我々は、各々が他の追随を許さぬ、唯一無二の尊い存在である。

その生命と健康が脅かされ、人生を破壊される事は、極限まで打ち消す必要がある。

それなのに連中は、大した働きを見せる事無く、己が政治生命の死守に全霊を注いでいる。

この不愉快な現実を、是非に是正したい所だが、山が動かなければ、それは困難な事だ。




遠い先ではあるが、各国から請求される、賠償総額の予測値をみると、頭がフラフラする・・・。

そもそも、日本国民に対する、正当性が高い賠償額すら莫大だ。

現状の、責任転嫁・先送り政治が、我々に降りかかる火の粉を、巨大な隕石へ変貌させようとしている。

民主党が、政権を獲得していないだけでも、多くの国民の人生・生命・健康が、救われていた期待値の高さが嘆かわしい。

しかし、品質が大劣化した自民党では、大差のない末路を描いた可能性が否めない。

連中の頭に、屈託無き正義の唄を響かせ、是正する必要がある。