彼はそれ以外に生きる術を持たなかったのだ

on a multiple-choice test

彼の両親は農奴だった。
幼い頃から力が強く目端の利いた彼は、良い農夫に成れるだろうと両親によく褒められた。
彼はそれを嬉しく思っていたし、将来は老いた両親の後を継ぎ、近所から嫁を貰って家庭を築き、この小さな村で生涯を過ごすことを当然のように信じていた。

彼が14の時のこと。
それは、後世に於いて歴史書の片隅にも残らないような小さな戦だった。
兵士達の小さな小競り合いで、小さな村がただ一つ滅んだだけ。
珍しくも何ともない出来事だった。
彼は冷たくなった両親の傍らで途方に暮れていた。
幼く、村から一人で出歩いたこともないような彼は、一人で生きる術を持たなかった。
己の住む村を舞台に繰り広げられた戦の勝敗には、何の興味も持たなかった。
只々、どうしたら良いのか、分からなかった。

おそらくもう一日遅ければ、彼はそのまま餓死していただろう。
目の前に現われたのは、一人の男だった。
豪奢な鎧を身に纏ったその男は、傲岸な眼差しで彼を見下ろし、手に持った握り飯を差し出した。
白い米の飯など、食うのはおろか、見ることすら滅多にない。
素性も分からぬ男の正体など、何も考えずに彼は必死で手を伸ばした。
男はその手を避け、言った。

一人が生きるのならば、一人が死ななければならない。
お前が生きるのならば、あの男を殺してこい。

傲岸な眼差しに相応しい傲慢な声で男は告げ、握り飯の代わりに剣を差し出した。

殺せ。

彼は、剣を受け取った。
男が示した先には、おそらく敵の兵士だろう、一人の男が二人掛かりで両腕を拘束されていた。
剣を抱えて近付く彼を見て、兵士は恐怖に顔を歪めた。

いやだ、助けてくれ、死にたくない。

震えて聞き取りづらい声で、兵士は懇願した。

殺せ。

もう一度、男の声が聞こえた。

その日彼は、生まれて初めて持った剣で、生まれて初めて、人を殺した。

剣から滴る赤い雫を見て、男は満足げに笑い、握り飯を手渡した。

そうだ。それで良い。お前はこれからそうやって生きるのだ。

死した両親の為か、殺した兵士の為か、先も見えない己の未来の為か。
泣きながら喰った握り飯は、旨かった。

 

 


アキラさんのサイトで1111番を踏んでリクエストさせて頂いた、雷火の小説です。イキナメの子供時代のお話…私が一番読みたかったお話でもあります。
こんな素敵な作品を頂けて、物凄く感激です…!
アキラさん、本当に有難う御座いました!