さっきまで手を引かれていたと思ったのに。その手はどこかへ行ってしまった。もう会えないことも、何となく分かっていた。
 さあ、このだだっ広い山の中で、はどうやって事切れるのだろう?熊にでも食われるか、のたれ死ぬか。どうせなら誰かの糧になれればいいのに。誰かの為になれればいいのに。

 ガサッと草を揺らす音が背の方から聞こえた。敢えてそちらは向かずに、目を瞑る。食うなら食うといい。どうせこんな処じゃそう長くは生きられない。を糧に出来るのならば、この血肉を得て生きればいい。

「おい、やっぱり捨て子だ!」

 背に刺さったのは爪でも牙でもない、聞き覚えのある『言葉』だった。
 ガサガサと葉を揺らして目の前に次々と現われる人影。
「…誰だ。」
「それはこっちの台詞だろ。オレ達にとっちゃ、おまえの方が余所もんなんだからよ。」
「オタジ、そんな言い方はないだろう!」
 オタジと呼ばれた少年は、肩を竦めて唇を尖らせた。
「君の名前は?」
 長い髪を後ろで結わえた少年…この中では一番年長だろうか?彼は顔色を変えずに問いかけてきた。さっきのオタジの印象と比べれば、悪い奴ではなさそうだ。
「……」
。」
 そう名を呼んで、フッと笑った。
 …何がおかしいのだろう?ついさっき親に捨てられたという子供を目の前にして、何を笑うのだろう?そんな疑問が腹を巡る。無意識の内に眼は相手を睨み付けていた。
、老師さまのところへ来るか?」
「…老師…?」
「ああ。オレ達みたいな…親に捨てられた子を育ててくれてる人だ。」
「…おまえも…捨てられたのか?」
 つい、そう聞いてしまった。すると驚いたことに、優しく笑って頷いた。
「“可哀想な子”はおまえだけじゃないってことだ。」
 頭上から声がする。
「ライカ、いつまでそんなところにいるんだ。」
「ウツキ。オレは被害者ヅラした奴は嫌いだ。」
 ライカ…はそう言うと、寝そべっていた木の枝から、の目の前に飛び降りてきた。初めて会った人間にそんなことを言われる覚えはないから、は力いっぱい睨み付けてやった。
「…腐った目ェしてやがる。」
「ライカ!」
 ウツキが慌てて止めに入るが、はそれより早くに拳を突き出していた。
「!」
 上体を反らして、既の所での拳を交わすライカ。ぶん、と渇いた音を発して拳が虚しく空を斬る。はそれに腹を立てて、第二撃をその面に食らわしてやろうと体勢を立て直す。
「無駄だってことが分かっただろ?」
 当のライカはを一瞥して、そうとだけ吐き捨てた。クッと喉が鳴った。は言い返すことが出来なかった。何度殴っても、こいつは紙一重で避けるだろう、それが分かったからだ。
「ライカ、いい加減にしろ。」
「オレは褒めてんだよ。無駄だって分かるってことは、コイツもそれなりに頭がいいってことだ。」
 ニヤッと笑ってライカが言った。馬鹿にされていると一目で分かった。
「冥途の土産がオマエの褒め言葉なんて、ちっとも嬉しくない!」
 ライカを睨み、叫び散らす。それしか太刀打ちが出来なかった。
「冥途の土産たぁ気が早過ぎやしないか?」
はこの森で死ぬんだ。は親に捨てられ、村に捨てられ…どこにも帰る場所がない。生きていく場所がない。はここで誰かの糧になって、死ぬんだ。」
 唇を噛み締めて、はそう言った。ライカは目をまんまるくさせていた。
「誰かの糧…って…」
「熊に食われればは熊の血肉となれる。山賊に襲われればの身包みで山賊も何時か生き延びられる。ここで飢えて死のうが、土の糧になり草木が生える。」
「って、この森には草木は充分足りてるみたいだけど?」
 そう言ったオタジを、はキッと睨み付けた。
「悪い。」
「充分なんてありえない。この世に際限なんてありはしないんだ。」
 そう言うと、は踵を返して歩き出した。
「おい、どこ行こうってんだよ。」
「おまえたちの糧にはなれそうにない。を求めているものを探す。」
 死に場所を探して、はこの森を何周だってしてやる。死に場所ぐらいは自分で決めさせてくれ。親に放って行かれたこの場所を一刻も早く立ち去りたい。

「…待てよ。」
 の歩みを引き止めたのは、ライカだった。面倒臭いがこれで最後だ。ゆっくりと振り帰ると、ライカはを見据えてとんでもないことを言い放った。
「…オレ達の糧にも喜んでなってくれるんだろうな?」
「ライカ…?」
「オレがおまえを糧にすると言っても、異論はないんだろう?オレも『誰か』のうちの一人だ。」
 試しているのか?を。の覚悟がそんな生ぬるいものだと思っているのか?
「無論。糧になれるなら喜んでの命を差し出すよ。」
 がそう言ってみせると、ライカは満足げに笑った。
。おまえはオレの糧になれ。オレ達の糧になれ。」
「ああ。殺すといいだろう?その腰に刺した鈍く光るモンが偽者じゃなければ。」
 が意地悪く笑うと、ライカはを見据えたまま言う。
「おまえはオレ達の糧となるために、オレ達と一緒に生きるんだ。」
「…!?」
「死んでただ一時の糧となるくらいなら、生きてオレ達と共に長い時を助け合うんだ。」
 ライカはそう言って腰に刺していたクナイをに渡した。ずしりと重い、鈍色のクナイ。
「やるよ。」
「…」
「強くなれ、。死に逃げるより、生に執着できるほど強くなれ。おまえならなれるはずだ。」

 は逃げていたのか。
 誰かの力で生きようと、自らの命を糧にすることを願って。
 誰かを助けると口ではほざき、腹の底では助けてもらうことを願って。
 浅ましいの心の中を、ライカは…見通していたというのか。

。オレもおまえと共に生きたいんだよ。おまえを山賊なんかにくれてやるものかってな。」
 オタジ。
「帰る場所が無くなれば、新しく作ればいいだろう?オレ達の側が生きていく場所じゃ、不満か?」
 ウツキ。

 クナイに涙が落ちる。
 は何度も頭を振って泣きじゃくった。
 オタジが泣いてるの頭を小突いて茶化すのも、ウツキが優しく背を撫でてなだめてくれているのも、何の反応も示すことが出来ずに泣き続けた。
 手の間から垣間見えたライカが、嬉しそうに笑っていた。

 強くならなければ。自分一人救えないようでは、はこの人たちのようにはなれない。
 最初は助けられるばかりでも、いつかこの人たちを助け、ライカが言ったように助け合っていけるようになれるなら…


 今日からの命はおまえ達の糧になるために在る。

 

 

 

妹から頂いた、三羽烏小説です。また書いてくれて有難うッ!私も絵を描いてあげるねと言ったのに、未だに出来てなくてゴメンなさい。
ちょっとまた描きなおそうかな、なんて思ってます。ホントゴメンさい。
ライカ達の喋り方がイマイチ分からなかった、との事ですが、良いんではないでしょうか。
主人公が泣いてる時の三羽烏の様子が、個人的に気にいってます♪
素敵な作品を有難う御座いましたッ!