蝉の声が少なくなり、赤とんぼを良く見かけるようになった。夏が終わりかけているんだ。

「ライカさん…どこへ行くのですか?」
 ただ着いて来い、とだけ言った。壱与は何も言わずに俺の後を着いて来た。さすがに小一時間も歩くと気になったのだろう。これが初めて問い掛けてきた瞬間だった。
「…見せたいものがあるんだ。」
 俺のその言葉を聞くと、壱与は一度だけ微笑んで、それ以上は何も聞いてこなかった。

 どれくらい歩いただろう。
 日も傾きかけた頃に、やっとあの場所へ着いた。
 俺や、オタジやウツキが子供の頃から遊んでいた場所。
 辺り一面がススキの野原。この頃になるとススキがなることは知っていた。
 乾いた風に吹かれて揺れるススキを見ると、なぜだか心が落ち着いたものだった。

「綺麗だろ?」
 得意げに言ってみせると、壱与は何も言わずにただ頷いた。目はススキ野原に釘付けのようで、少し惚けた顔をしていた。
「まるで、雲の中にいるみたいですね…」
 そう言ってもう一度微笑んだ壱与を見て、俺はホッとした。『壱与をここに連れて来て良かった――…』心からそう思った。

 しばらく、ふたりでススキを眺めていた。何をするでもなく、何を話すわけでもなく。風に揺れるススキを見て、過ぎる夏を想っていたのだろうか。幸せそうに目を細めている壱与の横顔を見ると、そんなことはどうでもよくなってしまった。見慣れたはずのススキ野原に、改めて感動する自分がいた。


 いつしか日はすっかり落ちていた。
 月明かりに照らされた壱与を見つめていると、壱与も俺の視線に気付いて笑いかけてきた。
「そろそろ、帰りましょう?みなさん心配しているかもしれませんから…」
「ああ…」
 そう言って、ススキ野原に背を向けた時…強い風が吹いた。

 悪戯な風が、壱与の長い髪を舞い上げる。

「あ…」
 髪を押さえて、壱与は呟いた。俺も、風に呼び掛けられた気がして振りかえる。


 真っ白なススキの穂が、風に舞い上げられていた。それは初めて見た光景で、あまりに綺麗だった。


「すごい…」
 壱与もその光景に目を見張っていた。
 悪戯な風は、俺達に贈り物をしてくれたのだった。その不思議な光景を。

 そう、まるで―――…

「夏に降る…雪みたいですね。」

 舞い散るススキをその細い肩に積もらせ、壱与は柔らかく笑った。

 

 



妹から雷火小説を強奪しましたッ!
ライカと壱与の仲って結構好きなのですよ。言葉を交わさなくても気持ちが通じてるというか…。
そんな2人の雰囲気と情景がなんとも素敵な小説です。

…また書いてね!