ボロの手


『ボロの手-プロローグ』

銀幕の吟遊騎士団

そこが、僕のいるべき所で、帰るべき場所だった。

それは、総勢43で構成される、精鋭なる騎士の集団だ。

何故、銀幕の吟遊騎士団か?

理由は、団員の誰もが、アーティストだったからだ。

戦いの後、遠征先の町や村で、歌や演奏で多くの人々を沸かせたものだ。

何より、自分達が楽しんでいた。

僕達の旋律で喜んでくれる、多くの人々の歓喜に包まれる事は、最高の幸せであり、多大な誇りだった。




レミンシアの、美しい歌声が懐かしい。

エクランスの、フルートの音色は心に響いた。

ラグジェイドの、イリュージョンマジックには、ひたすら感動するばかりだった。

彼らの素晴らしさは、生涯をかけても語りきれないだろう。

だが、騎士達はもういない・・・。

そう、あの旋律が人々の前で、もう鳴り響く事はないのだ。

しかし、皆の心に刻まれた騎士団の調べは、その心で永遠に奏でられる。




この世から、騎士団を奪ったのは、壮絶な邪神との戦いだ。

騎士達は、目を奪われ、耳を奪われ、腕を奪われ、脚を奪われ、ボロボロになって戦った。

心臓の鼓動が奪われ、意識が無くなるその瞬間まで、人としての形を失っても、退く事無く戦い続けた。

それが、自分達の旋律へ耳を傾けてくれた、多くの人々を守るための、終極の戦いだったからだ。

結果、43の聖剣が邪神に突き立てられた。

僕は、クレイメンにくわえさせてもらった短剣を突き立てていた。

暫くの間、我武者羅で気づかなかった。

僕だけが、生き残った事に・・・。

それから、全身の傷と両腕の絶望を背負い、騎士団が拠点にしていた町、レクトスへと帰還した。




町の人々は、忌まわしい呪いを受けた僕を、怖がりながらも受け入れてくれた。

そして、勇者達の死を悲しみ、いつまでも称えてくれた。

それなのに、僕はそこから逃げ出した。

この忌まわしい呪いを受けた存在が、ここにいてはいけない。

騎士団の伝説も、美談にしたかった。

そして、町を出た・・・。

だが、幼馴染のルティカが、僕の後を追いかけてきた。

幾度も拒んだが、離れる事はなかった。

それから数年間、彼女と旅を続けている。

その最中、彼女に抱いてしまった強い願いがある。

それは、許されない願いだった・・・。




『ボロの手』

ボロボロの手で許されるのなら、君を強く抱きしめたい・・・。

呪縛によって、永遠に癒える事のない、深い傷を負った僕の両腕は、とても忌まわしい存在だ。

この腕で抱きしめてしまったら、君の服を汚してしまう。

あまつさえ、その綺麗な肌に、永遠に拭えぬシミを、残してしまうかもしれない。

それでも、君を抱きしめたかった。

誰よりも優しく、この両手で包みたかったんだ。

ズタズタで力ない両腕では、それすら出来ないかもしれない。

少しの間でいい、君を抱きしめたい。

だけど、この両腕がそれを許してはくれない。

僕自身も、それを許す事は、決して出来ない・・・。




抱きしめたとしても、君を傷つける事はないだろう。

でも、この両腕で抱きしめれば、必ず君を汚してしまう。

それでも、君を抱きしめたい。

僕の中で、二つの心情がぶつかりあう。

こんな両腕の僕に、君は優しく微笑んでくれる。

肩を寄せて、笑顔でいてくれるんだ。

そして、その綺麗な手で、僕の腕先にある、砕けた手を握ろうとしてくれる・・・。

僕は、それを拒み続ける。

その度に、君は悲しそうな顔で微笑むんだ。

僕に、勇気がないばかりでごめんね・・・。




願わくば、両手で君を抱きしめながら歌いたい。

欲を言えば、僕が冷たい壁に腰かけて、君が寒い思いをしないよう、
僕の前に座ってもらって、御腹に僕の両腕を回し、暖めながら歌いたい。

その可愛い耳元で、ありったけの想いを歌詞にして、優しいリズムを奏でたい。

君を抱きしめながら、君のためだけの旋律を、澄んだ空へと響かせたいんだ。

いつだって、僕の気持ちを察し、君の方から僕の胸に飛び込んできてくれる。

でも、そこで僕らの時間は止まるんだ。

そして君は、悲しい顔で涙を流しながら僕につぶやく。

『バカ・・・。どうして抱きしめてくれないの・・・。』

僕は、本当に大馬鹿者だ。

彼女を汚さない所か、その純粋な心を傷つけている。

果てに、僕にもその衝動が、抑えられない時が来てしまった。

この両腕で、君を抱きしめると誓ってしまった。

でも、それでは彼女を汚してしまう。

心を傷つけた挙句、汚してしまうんだ。

僕には、それが許せなかった。




僕は、ありったけの力で、両腕を引き千切った。

ボロボロの腕だったおかげで、それは造作も無い事だった。

君は、僕の姿を見て泣き叫んだ。

それでも僕は、微笑みながら、君に想いを伝えた。

『君を心の深層から愛してる。だけど、こんな腕では君の傍にはいられない。抱きしめられないんだ・・・。』

すると君は涙を拭い、千切れた僕の腕を拾い上げ抱きしめた。

その瞬間、僕は青ざめた。

だが、千切れた腕は呪縛から解き放たれ、ただの残骸と化していた。

そして、彼女は小さな声で、僕に語りかけたんだ。

『バカ・・・。私が好きなのはあなた・・・。そして、この優しい両腕もあなたなの・・・。 私は、どんな姿であろうと、何が起きたとしても、あなたに傍にいて欲しかった・・・。 ギュッと、この手で抱きしめて欲しかった・・・。』

それから、月日は流れた。




今の僕には、彼女が作ってくれた、木製の両腕がある。

彼女は、僕が座るとその前に腰かけ、木の両腕を彼女の御腹にまわしてくれる。

僕は、幸せだと毎回つぶやく。

君は、本当に僕が幸せか問いかける。

そして、いつも同じ返事をするんだ。

『大好きな君の温もりを感じ、こんなに優しく抱きしめられるのだから、これ以上の幸せはないよ。』

そして、僕達は旅を続ける。

僕は、この木の両腕で君を守り続ける。

そう、いつまでも・・・。